『DX3 リプレイ・デザイア』最終巻

2011年06月20日 18:52

私の心に刻まれているリプレイは幾つかあるが、
その多くはダブルクロス関連の物であることは間違いない。

前版『DX2』時代、『オリジン』と『アライブ』に出会うことで、
私は一気にダブルクロスの世界に魅了された。
正気と狂気の狭間で抗い続ける者たちの、命と意志と誇り、そして絆の物語――。
魂を全力で燃やし尽くさんばかりに輝きを放つ人間たちの生き様が、そこにあった。

それは小説でもテレビでもなく、ゲームだからこそ生まれた奇跡。
人と人がぶつかり合うことで生じた「生きた」物語。
ダブルクロスのリプレイは、他のリプレイにはない「熱」が、確かに存在していた。

そうして新しく誕生した『DX3』にて、再び私は奇跡と出会う。

『ダブルクロス3rd リプレイ・デザイア』。
PC全員がFHという、ある種のイロモノ感を携えたこの物語は、
プレイヤー達の素晴らしいロールプレイにより、その存在感を顕にした。
同時に、この物語は個々のキャラクター達の成長の足跡でもある。

その変化の過程をここで語るのは野暮だろう。
是非とも自分の目で確かめてみて欲しい。
きっと、あなたの中でTRPGという物への認識が変わるほどの衝撃があるはずだ。

ダブルクロスはロールプレイを重視するTRPGだ。
エフェクトなどのデータは、その補助にすぎないと、私は思う。
もちろん、データを駆使して全力で戦うことが、
ロールプレイをより高みへと引き上げる一助になることも事実だが、大切なのは、
「自分がその世界で何を思い、何を信じ、どう生きるのか」
それを全力で考え、悩み、決断を下すことではないだろうか。
そしてダブルクロスは、それを与えてくれるゲームなのである。

『デザイア』はそれら全てが高いレベルでまとまった、奇跡の1冊だ。
彼らは己の信念に従い、そして自分を見つめることでエフェクトを取得していった。
そうしてロールプレイとゲームとしての行動をシンクロさせることに成功していた。
それは単なる枠割分担を超えた、美しいパーティの形だった。
ラスト直前の、ミユキと朱香の本音のぶつけあいを見れば、
この意味が理解できるのではないかと思う。

キャラ立ちという意味ではなく、「その世界で生きる者」としての存在感。
それこそが、物語に深みを与えていたのは間違いない。

だからこそ、登場人物たちが愛しい。
だからこそ、この物語は面白い。

この作品に出会えた幸運を、少しでも誰かに分けることができたなら、
そして、同じように感動を得たと言ってもらえたならば、
それは私にもこの作品にとっても幸せなことだと思うのである。

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