キャラクターを負けさせるということ

2012年06月29日 23:21

昨日読んだ「魔法少女リリカルなのはViivid」7巻の展開が素晴らしかったので、
ちょっとそれについて色々書いてみようと思います。

多大なネタバレを含むので、一応追記に回しておきますね。


以下、バトル漫画に大切なこと

いやー、7巻は実にすばらな展開でした!
何が凄いって、主人公であるヴィヴィオが負けたことですよ。
それも決勝とかじゃなくて、予選の3回戦とかいうリアルなところで。

これは別にヴィヴィオが嫌いとかいうことではなくて(むしろ大好きですが何か?)、
「主人公が負けた」ということが重要なんです。

というのも、物語というのは基本的に主人公を中心に回すものなので、
主人公の足取りが止まってしまうと、そこで物語も中断されてしまうんですよね。
例えば、ドラゴンボールで悟空が天下一武闘会予選敗退なんてことになったら、
なんとも盛り下がるじゃないですか。
主人公は勝つことが義務付けられているのです。

結果、どんなにピンチな状況になっても、
「結局は主人公が勝つんだろ?」という嫌な先読みができるようになってしまい、
画面上で幾ら盛り上げられても、どうにも醒めた目で見ることもしばしばあります。
それは仕方ないことなので、そこで読者に飽きさせない工夫を凝らすことが、
作家の腕の見せ所だと思います。

トーナメント制のバトル形式だとそれが顕著に現れてしまい、
主人公は最低でも決勝敗退くらいまでもっていかないと、
物語は続かないし盛り上がらないしで、いいことがありません。
かといって、勝つことが分かってる試合も興醒めなもので、
意外と難しい展開の物語形式なんですよ。

今回、ヴィヴィオは本当にギリギリな戦闘をしていて、
でもあのラストの打ち合いで私は、
「まぁ、ここでヴィヴィオの勝ちは確定だよね」と微塵も疑ってませんでした。
ところが、蓋を開ければ負けちゃった。
正直、物凄く驚いたんですよね。

ミウラはヴォルケンズの秘蔵っ子であり、
なおかつ実力者であるミカヤを倒した実績があります。
現時点でのキャラクターとしての格はむしろヴィヴィオより上で、
ミウラの勝利は至極真っ当なものだと思います。

このヴィヴィオの敗退には大きな意味があって、
ひとつは、「誰がいつ何処で負けてもおかしくない」という空気を生み出したこと、
もうひとつは、「ヴィヴィオ以外のキャラにスポットが当たること」ですね。

前者は、先の展開を分からなくするという意味で、
読者の興味を持続させる効果があります。
後者は元々ダブル主人公形式に近いVividにおいて、
アインハルトへの注目度を上げる効果と、
いまいち影の薄いヴィヴィオの友人(リオ)をクローズアップする意味で、
いい影響を与えたのではないでしょうか。
主人公だけが戦っているわけではないVividならではの展開だとも言えます。

基本的に主人公が負けた時点で、そのストーリーラインは潰えるものですが、
読者の興味を失わせずに、かつストーリーを持続させるという難しいことを、
今回のVividではやってのけたのだと思います。
いやマジで凄いんですってば。

『ドラゴンボール』が不朽の名作となったのも、
適度に悟空を負けさせたからだと思います。
幼少期の天下一武闘会決勝におけるジャッキー・チュン戦や、
初のサイヤ人戦となったラディッツとの捨て身戦術など、
悟空は決して無敵のキャラではありませんでした。
でも、だからこそ主人公として魅力があったのかもしれません。
名作と呼ばれる作品は、主人公を上手く負けさせているものです。

いやー、今回のVividは本当に良かった!
「なのは」を単なる萌え作品だと勘違いしてる人は、
ちょっとこれでも読んでみるといいと思います。
目から鱗が落ちますよ?

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