オープンワールドの魅力とは

2015年03月20日 19:40

据え置きをPS2で卒業し、以降は携帯ゲーム機でばかり遊んでいたため、
割と小じんまりとしたゲームで満足していた昨今、
なんとなく見たFF15体験版のプレイ動画にて、
久しぶりにFFナンバリングタイトルをやりたい気持ちがムクムクと湧いてきました。
FFもここまで進化したのか…。

私が見たのは体験版の「境界線」、いわゆる「体験版ではこれ以上進めません」という制限を、
バグで突破して延々と世界の向こうまで移動するものだったんですが、
本当に見えてるところ全てに行けてしまうんですねぇ。
プレイ感を台無しにする「謎の壁(ジャンプしても空気の壁に阻まれるアレ)」もなく、
登れる段差はすべて踏破可能、高所からの落下も、相応のダメージ覚悟ならOKと、
とにかく移動の自由度が高いだけで「なんだかスゲー」と思えます。
まぁ、和ゲーがどれだけ窮屈に作られてるかということでもありますがー。

上手に作られたゲームは、その不自然な「境界」を意識させません。
例えば、『ダークソウル』も、行けそうな場所は大抵行けますが、
あくまで閉鎖空間(箱庭)を自由に行動させてるだけなので、
作り手が上手にプレイヤーの意識をコントロールしてるのが感じられます。
逆に、何も考えてないゲームだと、「透明な壁」で無理やり移動不能にしており、
スマートじゃないなぁと思います。
ジャンプ機能を搭載してるなら、せめて段差くらい飛び越えさせろよ某モンスターズ2(おひ

個人的には、『キングスフィールド』から続く、「閉鎖空間の探索」の方が、
冒険のドキドキ感は強いと思うんですけどね。
無駄にオープンワールドにするよりも目的が見せやすいし、
意味のない空間を用意する必要がない(ユーザーも無駄なくイベントを楽しめる)ため、
この方が作り手も遊び手もWin-Winな形式じゃないでしょうか。

PSVでも『GRAVITY DAZE』は、かなりオープンワールドに近いゲームでした。
空を自由に飛べるだけでなく、文字通り「見える場所はどこでも行ける」ゲームで、
PSVの凄まじさを実感した最初の作品でもあります。

しかし、『FF15』の場合、より遠くの景色まできちんと見えていることが大きいのです。
動画では、遠くにクリスタルタワーのような塔が立っているのが見えて、
それを目的に移動していましたが、その遠くに見えていた建造物が、
画面の切り替え無しに、徐々に近づいてくるのが分かります。
昔のゲームのように、少しずつ周囲のデータを読み込んで表示させるのではなく、
最初からずっとそこに「在る」という存在感。
そこに近づいていくという事実だけで、「自分が移動している」ことのリアリティが段違いです。
それだけで、久しく忘れていたゲームへの興奮が甦ってくるのを感じました。
ゲームハードの進化による、分かりやすい恩恵ですね。
俺、『FF15』が発売されたらPS4買うんだ…。

『GTA5』や『スカイリム』、和ゲーでも『ドラゴンズドグマ』はどうだったのかな?
その手のゲームをやってる人間からすれば「何を今更」という感じかもしれませんが、
あまりその手のゲームに食指が動かなかった自分としては、
改めて今の技術で動くオープンワールドゲームの凄さに魅了されたのでした。
自由にどこまでも行けるというのは、それだけで「ゲーム」になるんですね。

まぁ、私は和ゲーの不自然で不自由で小じんまりとしたスタイルも気に入ってるので、
無理にそちらに染まろうとも思わないのですが、
こういう映像を見て、まだゲームに希望を抱いている自分に気づけたことが一番の発見かも。
『FF15』、楽しみです。

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