2016年10月10日 13:51
デモゲ2も無事にメアリスケルター前にクリアできたので、空いた時間で積みゲーを崩そうと思い、
現在『イース8』やってます。ヤバイくらい面白いんだけど…!
無人島でのサバイバルっぽさが凄く上手く描かれていて、
徐々に人を集めて探索範囲を広げながら拠点を発展させていくとか、
このコツコツ感がたまりませんよ!
欲を言えば、もっと釣りは自由にできるようにして欲しかったなー。
そんなくっそ面白い『イース8』、シリーズを知ってるので面白いのは分かってたはずなのに、
何で積みゲーになってたかというと、最初の最初に物凄いお使い要素があるからなんですね。
無人島に行く前、主人公・アドルは船員として船で働いていて、
その仕事を手伝わないといけないんですよ。
これも後々に無人島で出会う人々を印象付けるために必要な準備なのは分かりますが、
このお使いがとにかく嫌で、ウンザリしてしまったんですよね。
何でARPGやってんのに戦闘と無縁のことばかりやらされるのか、と。
おかげで、再開するまでにこんなに時間かかったわけですが、
やり始めたら止まらなくなりまして、休みなのをいいことに、朝からひたすらプレイしてます。
やはりこのシリーズはアクションの楽しさが随一だぜ!
あの高速前転がなくなったのはちょっと寂しいけども。
「お使い要素」、つまり、「どこそこに行って何々をしてこい」みたいなフラグ立ては、
RPGに限らず、あらゆるゲームでお約束になっていますが、
それならそれで使い方を考えないと、プレイヤーに退屈な時間を与えてしまうことになります。
やはりプレイヤーは指示されて動くより、自分の考えで前に進んでる感覚を与えないとダメなのです。
やってることが同じでも、モチベーションは全然違いますからね。
例えば、「魔王を倒してこい」という指示も、おおまかに言えば「お使い」ですが、
そこに至る過程まで指示されているわけではないので、
その道中をプレイヤーは自分で決めることができるからこそ、ストレスにはなりません。
むしろ、最終的な目的を提示されていることで、モチベーションになります。
しかし、短く、すぐに達成できて、しかも中身がない「お使い」の場合、
それはただ「やらされてる」だけになってしまいます。
「隣の家のおじさんに手紙を届けてね」と言われてワクワクする勇者はいません。
その「隣の家」が海を隔てた隣国にあって、
どうすればそこに辿り着けるかという大冒険なら別ですが、んなこたーないのです。
「自分でやれよ」というものを押し付けられているのと、
「ゲーム」の楽しい部分と関係ないことをさせられていることがストレスになるのです。
また、目標が目の前にあるのに、尺稼ぎ的に意義の薄い遠回りを強要されるのもNG。
「Aが欲しいならBを取ってこい」→「Bが欲しければCを用意しろ」→「CはDに行けば手に入る」
こんな感じでたらい回しにされるゲームのイライラ感は半端ないです。
そうすることにストーリー上の意味がどれだけあるのか、それ次第ではありますが、
大抵、こういう無駄な回り道を強要するストーリーにあまり意味はありません。
話をする前に隣の部屋に行ってくれと言われて、行って戻ってみたら重要NPCが死んでた、
みたいなアホな展開があったりはします。
目的を提示した時点で、あらゆるクエストは「お使い」になります。
しかし、それをいかに「お使い」だと思わせないようにするかは、
ゲームデザインをする上で大切なことです。
特定の地点にただ移動させるだけ、というのが最悪なお使いのパターンですね。
せめて間に戦闘などの「動き」を入れないと、ただ退屈なだけになってしまいます。
よく引き合いに出しますが、『フリーダムウォーズ』も同じ過ちを犯していました。
ゲームの序盤、とにかくお使い&お使い&お使いの連続があって、
いつまで経っても楽しい戦闘ができないという場面があったのです。
そこさえ乗り越えれば、そこまで酷いお使い要素はないんですが、
逆にここだけ異常に長くて、物凄くイライラしていたのを覚えています。
そういった「マイナスイメージ」は、ゲームの印象として強く残ってしまうので、
できるだけ無くさなければいけません。
後で面白くなるから許してくれるよね?というのは甘えです。
最初で躓くと、そこでプレイを止められる可能性もあるんです。私みたいに。
長めのお使いが避けられない場合、
せめて「ゲーム」としての面白さを十分に体験させた、中盤以降にするべきです。
序盤はプレイヤーは「ゲーム」に飢えています。
アクションのデキ、戦闘のシステム、
そういった「楽しさがダイレクトに伝わる」要素を待ち望んでいます。
なので、一刻も早くその「楽しさ」を与えて満足させてからの方が、
ストレスも溜まりにくくなる、ということですね。
「ドラクエ7」で1時間以上も最初の戦闘が発生しないなんていうのは、
ドラクエだから許されたことだと戒めましょう。
そして実際は許されなかったからこそ、リメイクで大幅に削られたのだと理解しましょう。
どんな名作も駄作に塗り替えるのは、開始早々に長々と続くお使い要素である。
ゲーム開発者は肝に銘じておきましょう。
本当に頼みますよマジで。
現在『イース8』やってます。ヤバイくらい面白いんだけど…!
無人島でのサバイバルっぽさが凄く上手く描かれていて、
徐々に人を集めて探索範囲を広げながら拠点を発展させていくとか、
このコツコツ感がたまりませんよ!
欲を言えば、もっと釣りは自由にできるようにして欲しかったなー。
そんなくっそ面白い『イース8』、シリーズを知ってるので面白いのは分かってたはずなのに、
何で積みゲーになってたかというと、最初の最初に物凄いお使い要素があるからなんですね。
無人島に行く前、主人公・アドルは船員として船で働いていて、
その仕事を手伝わないといけないんですよ。
これも後々に無人島で出会う人々を印象付けるために必要な準備なのは分かりますが、
このお使いがとにかく嫌で、ウンザリしてしまったんですよね。
何でARPGやってんのに戦闘と無縁のことばかりやらされるのか、と。
おかげで、再開するまでにこんなに時間かかったわけですが、
やり始めたら止まらなくなりまして、休みなのをいいことに、朝からひたすらプレイしてます。
やはりこのシリーズはアクションの楽しさが随一だぜ!
あの高速前転がなくなったのはちょっと寂しいけども。
「お使い要素」、つまり、「どこそこに行って何々をしてこい」みたいなフラグ立ては、
RPGに限らず、あらゆるゲームでお約束になっていますが、
それならそれで使い方を考えないと、プレイヤーに退屈な時間を与えてしまうことになります。
やはりプレイヤーは指示されて動くより、自分の考えで前に進んでる感覚を与えないとダメなのです。
やってることが同じでも、モチベーションは全然違いますからね。
例えば、「魔王を倒してこい」という指示も、おおまかに言えば「お使い」ですが、
そこに至る過程まで指示されているわけではないので、
その道中をプレイヤーは自分で決めることができるからこそ、ストレスにはなりません。
むしろ、最終的な目的を提示されていることで、モチベーションになります。
しかし、短く、すぐに達成できて、しかも中身がない「お使い」の場合、
それはただ「やらされてる」だけになってしまいます。
「隣の家のおじさんに手紙を届けてね」と言われてワクワクする勇者はいません。
その「隣の家」が海を隔てた隣国にあって、
どうすればそこに辿り着けるかという大冒険なら別ですが、んなこたーないのです。
「自分でやれよ」というものを押し付けられているのと、
「ゲーム」の楽しい部分と関係ないことをさせられていることがストレスになるのです。
また、目標が目の前にあるのに、尺稼ぎ的に意義の薄い遠回りを強要されるのもNG。
「Aが欲しいならBを取ってこい」→「Bが欲しければCを用意しろ」→「CはDに行けば手に入る」
こんな感じでたらい回しにされるゲームのイライラ感は半端ないです。
そうすることにストーリー上の意味がどれだけあるのか、それ次第ではありますが、
大抵、こういう無駄な回り道を強要するストーリーにあまり意味はありません。
話をする前に隣の部屋に行ってくれと言われて、行って戻ってみたら重要NPCが死んでた、
みたいなアホな展開があったりはします。
目的を提示した時点で、あらゆるクエストは「お使い」になります。
しかし、それをいかに「お使い」だと思わせないようにするかは、
ゲームデザインをする上で大切なことです。
特定の地点にただ移動させるだけ、というのが最悪なお使いのパターンですね。
せめて間に戦闘などの「動き」を入れないと、ただ退屈なだけになってしまいます。
よく引き合いに出しますが、『フリーダムウォーズ』も同じ過ちを犯していました。
ゲームの序盤、とにかくお使い&お使い&お使いの連続があって、
いつまで経っても楽しい戦闘ができないという場面があったのです。
そこさえ乗り越えれば、そこまで酷いお使い要素はないんですが、
逆にここだけ異常に長くて、物凄くイライラしていたのを覚えています。
そういった「マイナスイメージ」は、ゲームの印象として強く残ってしまうので、
できるだけ無くさなければいけません。
後で面白くなるから許してくれるよね?というのは甘えです。
最初で躓くと、そこでプレイを止められる可能性もあるんです。私みたいに。
長めのお使いが避けられない場合、
せめて「ゲーム」としての面白さを十分に体験させた、中盤以降にするべきです。
序盤はプレイヤーは「ゲーム」に飢えています。
アクションのデキ、戦闘のシステム、
そういった「楽しさがダイレクトに伝わる」要素を待ち望んでいます。
なので、一刻も早くその「楽しさ」を与えて満足させてからの方が、
ストレスも溜まりにくくなる、ということですね。
「ドラクエ7」で1時間以上も最初の戦闘が発生しないなんていうのは、
ドラクエだから許されたことだと戒めましょう。
そして実際は許されなかったからこそ、リメイクで大幅に削られたのだと理解しましょう。
どんな名作も駄作に塗り替えるのは、開始早々に長々と続くお使い要素である。
ゲーム開発者は肝に銘じておきましょう。
本当に頼みますよマジで。
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