ゲームにおける「ストレス」の違いと役割。

2017年02月25日 21:06

お気に入り作家の過去作を漁ろうとすると、すでに絶版だったりしてることも多く、
そういう場合は古本屋を巡ることになるわけですが、これが存外楽しくて、
つい要らんものまで買ってしまうのが困りものですね。
つーか、「ジョニー・ライデンの帰還」ってArk Performance作品だったのか…欲しい、欲しいぞ!

さて、前回の記事へのコメントで、ゲームにおけるストレスについての話題が出たので、
これについてちょっと書いてみようかと思います。

まず、ゲームにおいて「ストレス」と言っても、色々なものがあります。
一番分かりやすいストレス要因は「ロード時間」でしょうか。
コントローラーのレスポンスが悪い等、ゲームプレイそのものへ悪影響を及ぼすものは、
言うまでもなく有害なストレス要因であるので、今回は扱いません。
では、どういうストレスがあるか、少し細かく書きだしてみましょう。

・リスクゼロで無限に繰り返せるランダム要素
『真・女神転生SJ』にて、悪魔のスキルを継承させる際、
継承されるスキルはランダムに選ばれる仕様でした。
しかし、継承のやり直しは何回でも可能で、理想の形になるまで何度でも繰り返せました。
これは「いつか必ず誰でも同じ結果が出せる要素」であり、
ランダムにする意味がありませんでした。
やり直し要素は単なる時間の無駄でしかなく、それは開発側も認識していたのか、
以後のシリーズでは選択式に変わっていたと思います。

これは何が問題だったかというと、やり直し時に素材を消費するといったリスクがないため、
自分が望む結果が出るまで延々とやり続けることができる点で、
いつかその結果が出るのだとするならば、
最初からその結果が出せるようにすればいいだけの話、という点です。

「合成時にランダムでスキルが継承されるが、やり直しはできない」という仕様であれば、
「そういうゲームなのだ」と納得してしまえるんですが、
下手に救済策が用意された結果、ランダム要素自体に意味がなくなったという例ですね。

・対策不能の理不尽攻撃
これまた『真・女神転生SJ』からの例になりますが、とあるボスキャラが、
最初の行動で全体混乱攻撃をしてきました。
ちなみにこれを避けるには、ただ運に任せるしか方法がなく、
避けられなければやり直しという、意味が分からないものでした。
必須戦闘なので避けることもできないとかアホか。

これ、「防御すれば状態異常は100%防げる」というシステムなら問題なかったのに、
何故か「防御すれば状態異常になり難くなる」という程度の設定だったため、
最終的に運頼みになり、戦略も何もあったもんじゃなくなるのがストレス要因です。
プレイヤー側に介入の余地を与えない、リセット前提の攻撃など採用してはいけません。

……まだまだあると思いますが、パッと思いついたのはこれくらいですね。
両者に共通するのは「無駄に時間を使わされる」という点です。
本来であれば、もっと短縮できる要素を、わざと時間がかかるように調整しているわけですね。

ここで勘違いしてはいけないのは、「時間がかかる=悪」ではない、ということです。

前述の例の中でも書きましたが、「最初からやり直し不可なら問題なし」なのです。
それはそういうゲーム性であり、意地悪でも時間の引き延ばしでもないわけです。
しかし「SJ」の場合、プレイヤーへの救済措置を導入したことで、
ゲーム性が変化したことに開発側は気づかなかったんですね。
結果として、無用な時間の浪費を強いられているように感じる仕様になったことは、
悲劇としか言いようがありません。

ここで、前回のコメントで指摘された「私はストレス要素嫌いだよね?」という質問ですが、
上記に挙げたようなストレス要因については確かにノーサンキューです。
しかし、プレイヤーに不便を強いるはずの「やり直し不可」を是としている点に注目です。
つまり、ゲームの仕組みとして納得できるものであるならば、
ストレスを与えられることに抵抗はないのです。
というか、それをストレスだと感じることがない、という方が正しい。

適切なバランスで、適切な要素として仕込まれた「ストレス」は、
それは害悪的なものではなく、ゲームを彩る「スパイス」です。
しかし、その「スパイス」がひたすらに甘口に特化していたりすると、
口に合わない人も出てくるわけですね。
それが前回の『仁王』に起こった出来事なわけですが。

というか、わざわざ「死にゲー」なんてものを進んでプレイしようという人間が、
ヌルいゲームを求めてるはずがないんですよねぇ。
この場合、敵が理不尽なまでに強いことは求めてるゲーム性と合致してるわけなので、
それをストレスとして批判するような人は、そもそも死にゲーなんて遊ぶな、という話です。

要するに「ストレス」にも色々ある、ってことですよ。
ゲーマーであれば、心当たりは色々あるんじゃないでしょうか。
単にクソゲーだからストレスになるというほど、単純なことではないのです。

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コメント

  1. 飯田沙々 | URL | -

    Re:ゲームにおける「ストレス」の違いと役割。

    アリアハンでスライムを…
    のコピペを思い出した。

    むさいおっさんに叩かれるのはストレス(実体験)だけど
    美少女だったらむしろご褒美(幻想)です、と言うことですね?

    私も割とストレスキライなんで詰まったらそこで放置するパターン多いね

    でもたまにくそがーくそがーと言いつつクリアまでやってしまうゲームも有るんで
    さて、モンハンXX来る前にX終わらせなきゃ…

  2. 岳る | URL | -

    Re:ゲームにおける「ストレス」の違いと役割。

    >飯田沙々
    より正確に言うなら、「そのゲームに何を求めているか?」だね。
    感じ方が人それぞれなのもあるけど、大前提として「ゲームを買う」ということは、求める体験を選んでいるということでもあるから、求めていたものからズレが出てくれば、そこがストレスになっていくのよ。

    だから開発側は、自分が作ってるゲームはどういうもので、何を求める人が買うのかを想定して作らないと半端なことになるわけだ。
    今回でいえば、私は死にゲーに「ボスを楽に倒せる救済措置」なんて求めてなかった、ということだね。

    ただ、その「求めるもの」も買う人によって違うから、結局は万人向けなんて不可能なわけだけど。
    多くの人は倒せないボスで詰まるくらいなら、ゴリ押しで倒せたほうが楽でいいと思うだろうし、それを否定はしない。
    その結果が世界的な評価になってるのだとすれば、そのゲームは成功した作品であり、名作と呼ばれる資格があるってことだね。

    まぁ、世間がどう評価しようが、自分がどう感じたかがすべて。
    最終的にどんな議論もそこに落ち着くのさ。

  3. 飯田沙々 | URL | -

    Re:ゲームにおける「ストレス」の違いと役割。

    一部のジャンルのゲームの難易度(格ゲーやSTGなど)バランスの問題なんかもその片鱗だと思う。
    新規の客を意識するあまりこれまでのファンが離れていく…

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