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妖精について考えてみる

2009年01月10日 00:05

次の私の本にも少し関係してくることなので、ちょっと考察。
東方における、妖精というものについて。
考察にあたり、花映塚を遊び直してたんですが、難しい…。
よくExクリアできたなー。これも愛の力か!(違


以下、私の妄想なので、公式との混合に注意。

求聞史紀において、妖精には蓬莱人並の不死性があることが判明しました。
まぁ、求聞史紀自体が阿求の二次創作という体を取っているので、
鵜呑みにすることはできないんですが、外の世界に住む我々にとっては、
重要な情報源であることも確かです。

この不死性により、ゲーム本編において、
次々と撃墜されていく雑魚妖精たちの末路は保障されたわけですが、
そこまでノーリスクなものなんでしょうか?
それだと蓬莱人たちの存在が軽くなってしまうのでは?

まず、妖精とは何か、ということから考えてみましょう。
妖精は自然現象そのものだと、求聞史紀には書かれています。
草や風、日の光、そういった自然(現象)に宿るもの、それが妖精です。
概念としては精霊という方が正しいかもしれません。

妖精の不死性とは、存在が現象(実体のない概念的存在)であるために、
現象そのものがなくならない限り、現象の化身である妖精も死なない、
ということだと思います。
妖精の本体とは、実体化している身体ではなく、
世界に無尽蔵に存在している「現象」なので、現象が世界からなくならない限り、
それにまつわる妖精も不滅なのです。
言ってしまえば、直にコミュニケーションを取っている実体を持つ妖精とは、
現象が生み出した人形にすぎず、それを壊されたところで、
本体(現象)にとっては、いくらでも新しい器を用意できる、ということなのでしょう。

ここで注目したいのは、妖精とは現象に依存した存在である、ということです。
不死という点で蓬莱人のアイデンティティを奪いそうな彼女たちですが、
実は妖精は死ぬことができます。

それは、本体である現象がなくなった時です。

太陽がなくなれば日の光という現象もなくなります。
すると、日の光の妖精は本体である現象を失ってしまうので、
自らの存在を維持できなくなります。
これは火や水、風といったものも同様です。
簡単に言えば、地球がなくなれば、大半の妖精は死にます。

ここが蓬莱人との違いで、蓬莱人は何があっても死ねません。
地球が爆発し、真空の宇宙に放り出されても、蓬莱人は死ぬことを許されません。
瞬間的な体液の沸騰と凍結の狭間で、
どこか人が生きることのできる地に辿り着くまで、蓬莱人は生と死を繰り返すのです。
蓬莱人は自分自身に依存しており、そして自身は不滅の存在であるので、
滅びというものは在りえないのです。
宇宙の収縮の果て、すべてが無に還るまで、蓬莱人は存在し続けるのでしょう。

実はこの辺の「宇宙のアレコレ」についても色々と疑問があるので、
その内考察したいと思いますが、とりあえず今回は保留します。

そんなわけで、妖精と蓬莱人の違いについては、
「不死の絶対性」という点で区別できます。
妖精は死ねる。蓬莱人は死ねない。単純なことですね。
しかし、どうにも確認するには気の長い話です。
ぶっちゃけ、幻想郷が維持されている間は、妖精が死ぬようなことにはならないでしょう。
でもそれだとやはり蓬莱人の立場がないのです。
確かに明らかな違いはありますが、今現在紡がれている物語の中において、
そんな先にならないと分からない程度の差異では困るのです。創作者的に(おひ

そこで、やはり妖精の死にはリスクがあると考えてはどうでしょう。
私の個人的意見としては、妖精は「死」という状態になり、
現象によって「再構築」された場合、それまでの記憶を失うのではないか、
そう考えています。
再構築された妖精とは、姿かたち、司るものが同じなだけの「別物」で、
それまで存在していた妖精とは「同じだけど違う」わけです。

これは現象という大きな存在にとっては、
自らの化身はそれこそ人形と同じ「消耗品」であり、
妖精とは、自ら(現象)が健在であることのアピールとしての役割しか持っていないとすれば、あながち間違った認識ではないと思います。
現象にとって重要なのは、妖精が現象の力を使えることであり、
それはすなわち、世界(自然)が正常に機能していることの証明なのです。
そこにいち妖精の意志が介在する必要はありません。

まぁ、幻想郷的にロマンチックに考えるならば、
現象にもまた意志があり、妖精を通して世界を知ろうとしている。
妖精の記憶は現象が留めており、死からの再生によっても、
以前の人格が失われることはない…というのが気持ちよいですけどね。

ただ、ここで重要なのは、「妖精は基本的にバカ」という点です。
現象が記憶を蓄積し、化身である妖精に知識を分け与えているならば、
もう少し知恵を持っていてもいいと思いませんか?
この点を鑑みるに、「妖精は死ぬと記憶を失う」という説は、
それなりに説得力があるのではないかと思うわけです。
賢いチルノなどチルノではない(おひ

チルノや大妖精といった、力のある妖精というのは稀な存在であり、
大半は人知れず散り、生まれ変わり、ひとしきり騒いでは散る…そういう存在でしょう。
だからこそ、いち妖精の記憶がどうなろうと、気にする者は誰もいないのです。
しかし、我々にはもう心に刻まれてしまった妖精がいます。
そういった妖精が死んでしまった場合どうなるのか?
それを考えてみることは、東方という世界を理解するうえで無駄ではないと思います。

…まぁ、普通に再生して、
「あたい死んじゃったよー」と笑いながら復活してもいいんですけどね。
それもまた東方也。

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コメント

  1. むらさきゆうじ | URL | VLv.wHY2

    Re: 妖精について考えてみる

    こんにちわです~。

    三月精の現在進行形のエピソードでは、
    『大木に雷が落ちて、木の中に住居を持っていた妖精ピチュン』に対して、
    三妖精たちが
     「じゃあ一回休みだ」
     「今頃そのあたりを漂っているんじゃない?」
    的な会話をしていて、さらに、その妖精の不在の間に復活した木を自分たちの住居にしようと占拠しているので、
     一回休み = 妖精的に長すぎる時間ではない?
     勝手に住処を奪う = 一年やそこらで復活するならそんなマネはしない?
    など想像が広がります。
    ゲーム的になら、「次の異変の時には参加できない」くらいかもですね。


    >もう少し知恵を持っていても
    CP限界でもう学習できないのですよ……きっと……15CPくらいで作ってるのです(GURPS的に)
    でも、記憶継承無しなら、チルノは花映塚的には60年周期のことを知っていたので、60年はピチュっていないのかも?
    (60年周期は自然界の法則なので、妖精の基本知識なのかもですが)


    >蓬莱人
    >瞬間的な体液の沸騰と凍結の狭間で、
    >どこか人が生きることのできる地に辿り着くまで、蓬莱人は生と死を繰り返すのです
    これに関しては、蓬莱人は死んだ後は「好きな場所に再生できる」があるので、結構大丈夫かも。
    魂でびゅ~んと。
    あと、ぼうげっしょー的には宇宙には酸素がある……。
    少なくとも、幻想郷 → 月 の移動の間は、宇宙で窓を開いても酸素はあるみたいです。
    (でも、豊姫に表の月に送られたカラスは真空で死んだ……)

    と、雑感を。

  2. 岳る | URL | -

    Re: 妖精について考えてみる

    おおー、ありがとうございますー。
    単行本待ちなので、香霖堂とか現在進行形の漫画とかからの知識がないんですよね。
    求聞史紀の「すぐ治る」という記述で「即再生」なイメージを持ってしまったんですが、「すぐ」の感覚がすごく曖昧だと気付きました。
    バラバラになった体が1年で治ればそれも「すぐ」の範疇なのかもw

    つーか、15CPって一般市民(それ以下?)なのでは?w
    頭のキャパが足りない(=バカ)と、長生き(=妖精にしては力を持ってる)が結びつくような気がしますw

    好きな場所に再生できるなら問題なさそうですね>蓬莱人
    ただ、本当の意味で生物が住める環境がなくなってしまった場合、こういうことになるのかな、と。輝夜と妹紅はベースが人間ですし。永琳は謎ですw

    儚月抄の宇宙は幻想郷と地続き(?)っぽいので、常識と非常識の境界の影響を受けた結果として空気があるのではないかと。あの宇宙は我々の常識の宇宙ではないということでしょう。
    表の月というのは、つまりは外の世界の月=真空ということだと解釈してました。
    この辺のことは、そのうち考察してみたいところです。

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