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阿求SS『いまわの夢』

2008年08月25日 17:14

あっきゅん合同誌『阿求世伝』を読んだら、
智郎君が考えてたプロットと丸被りだったそうで、
泣く泣くプロットの残骸をメールされてきました。
そのまま腐らすのも勿体無いので、「ブログで晒していい?」と提案したところ、
物凄い文章量のSSとなって返ってきたので、ここで公開いたします。
被ってるといっても、追加されたと思わしき本文のほとんどは別物なので、
『阿求世伝』を読んだ方でも普通に楽しめると思います。
では、お暇な方は、しばしお付き合いください。
あと、智郎君は私の涙ぐましい編集痕を噛み締めながら読むべし。


以下、阿求SS『いまわの夢』

「…くな」「まだ…」

…暗い。何処からか誰かの声が聴こえる。
嗚呼そうだ、今日は彼方(あちら)へ向かう日だった…。



                       『いまわの夢』

                                              本文:智郎
                                              編集:岳る
                                              挿絵:岳る、智郎

                           Ⅰ

風が少し寒くなったと感じられる、夏も過ぎ去ろうかという初秋の正午。
私――稗田阿求が薄暗い書斎から眺める光景は、山水の意匠が施された庭園と、漆の光沢がまるで鏡のように庭園の緑を映し出す廊下、そして何処までも続く大空。
毎日、陽が昇り落ちるまでの長時間を、この書斎で過ごす私にとって、梁と柱で囲われたファインダー越しの景色だけが、自分と外の世界を繋ぐ数少ない接点であった。
無論、外出をしない訳ではないが、それも稀なこと。
私を訪ねてきた、過去の自分(語弊があるが)を知る妖怪等の言によれば、歴代で一番華奢であるというこの身体の所為もある。
また、『幻想郷縁起』の編纂作業も、先代等の残した資料(記録)と、来訪者から見聞きし己が集めた資料(記憶)で大概は事足りるからで、自ら取材に出向く必要が薄いからだ。
次に取材に向かう事があるとすれば、最近、霧の湖の側に悪魔が館ごと引っ越してきたというので、西洋建築というものにも興味があることだし、其れを付近から遠眼鏡で外観を覗きに行く位だろうか。住民については近いうちに妖怪の賢者様が詳しく教えてくれるだろう。
それに、その件の館の使用人が人里に買い物にやってくるとの噂も聞く。折をみて家人に頼んで、屋敷に招くのもいいかもしれない。

                           Ⅱ

最近、空を眺める時間が増えた。何か思慮に更ける訳でもなく、ただ漠然とである。
理由はあった。
たまに白昼の流れ星のように私のファインダーを通り過ぎる、自分と頃は同じ――のように見える――少女の存在。
何時もの膨大な量の文字との睨めっこな編纂作業に少々滅入り、不意に見上げた空を横切った――あれは箒であったか――に跨がり、瞬きするかのうちに目の前から消え去った天駆けるその姿に、私は心を奪われた。

ファインダーの向こう側

家人に聞けば、霧雨屋の跡取り娘だという話だが、絶縁されて久しいらしく、今はあの不気味な魔法の森に居を構え、人ながら魔法使いの真似事をしているらしい。
別段その様な私事に興味は無いのだが、彼女が何故あのように自在に空を飛ぶ事ができるのかは興味があった。
未だ会った事は無いが、博麗の巫女はその古き血によって空を飛ぶのだという。又、多くの妖怪に於ても同様だとも。
霧雨屋は私が記憶している限り、商いを生業とする生粋の人間の家系である。
修行を積めば人も魔法使いになる事ができるらしいが、彼女の年齢から考えて、物心ついた頃から修行したとしても、そんな数年で飛べるようになるのだろうか?
生まれもっての資質がなくても空を飛ぶ事ができるなら、私にも可能なのではないか?
そう思うと、パノラマの空とその少女――霧雨魔理沙への興味は、日増しに募っていくばかりであった。

                           Ⅲ

突然の事だった。
「よう、お邪魔するぜ」
件の天駆ける少女――霧雨魔理沙が不意に来訪して来たのだ。
余りに突然の事で言葉が出ない。発せようとする言葉は言葉に生らず、只意味を持たない単語として心臓が鼓動する音にかき消された。
「おっとすまない、驚かしたようだな」
霧雨魔理沙はそう言うと、被っていた大きな帽子を取り、軽く微笑んでペコリと御辞儀をしてみせた。
その敵意の無い微笑みを見て少し安堵出来たのか、咄嗟に手のひらに人の字を書いて飲みこんだのが良かったのか、なんとか私は言葉を発することが出来る程度に落ち着いた。
「あっ、あなたは…霧雨魔理沙ですね? ごっ、御用件…は…?」
「あっ? ああそうだったな。そうだな、強いて言えば何と無く、だ」
「…えっ?」
霧雨魔理沙の言葉に私は呆気にとられた。
垢抜けた明るい娘だと香霖堂の店主は言っていたが――垢抜けた?
突然やって来て人を脅かし「何と無く」等と言う輩は、むしろ野暮というのではないか?
いやいや、確かに驚かしたのを察して御辞儀をして来たではないか…と、混乱した私は頭の中でぐるぐると、意味を持たない考察が渦巻いた。
暫時して無言で立ち尽くしていた私達二人であったが、流石に言葉を誤ったと霧雨魔理沙は思ったのか、頭をかきむしりながらこう言ってきた。
「ワルいワルい。いやな、お前さんが、私が里の上を飛んでいると、何時も縁側に座って私の事を眺めているもんでな」
その言葉に私はハッと我にかえった。と同時に、言い様の無い恥ずかしさが込み上げて来る。
そうなのだ、最近は霧雨魔理沙が空を通り過ぎるのを書斎からではなく、手前の縁側から眺めていたのだった。
「だから気になってな。お前さんが私の事を知っているように、私もお前さんの事を知ってるぜ? 阿礼乙女って言うんだろ?」
「えっあっ、はい。ですが、阿礼乙女は名前ではなくて――御阿礼とも呼ばれますが――本名は稗田阿求と申します」
霧雨魔理沙は少し考えるような仕草の後、
「おーおー、そうかそうか、やっぱり阿礼乙女なんてのは名前じゃあなかったんだな。お前さんの事は昔から知ってはいたんだが、皆そう言うもんでな。後で香霖の奴にも文句を言ってやらねば…」
「フフッ…」
笑ったり驚いたり、悔しがったりコロコロと表情を替える彼女を見て、私の畏縮した表情は自然と綻び、笑みが溢れていた。世の習いとして愛想笑いならいつでもしていると言うのに、自然と笑みが溢れたなどというのは、どれだけぶりの事だろうか。少なくとも私(阿求)の記憶にはない。過去の私の記憶を辿る事も出来ない。
とりあえず今わかっている事は、霧雨魔理沙は垢抜けているという事だ。野暮な人間に人を本当に笑わす事など出来っこないのだから。

                           Ⅳ

「よう、また遊びに来たぜ」
突然の来訪の後、魔理沙はよく遊びに来るようになった。
魔理沙も私を「呼び辛いから阿求で良いか」と聞いて来たので承諾したら、「私の事も魔理沙と呼ぶように」と言って来た。
いざ自分が呼ぶとなると、とても恥ずかしく思えて「霧雨さん」であるとか「魔理沙さん」と呼んでみたが、それでは返事も話す事も無い等と言われて渋々「魔理沙」と呼ぶ事になった。
ただ最初は抵抗があったものの、一度そう呼んでしまえば慣れたもので、そんな抵抗感などどこかへ行ってしまった。
季節はもう晩秋の頃。屋敷に吹き込む風も最早涼しいというより肌寒く、庭園の朱や黄色に色づいた木々等も、はらはらと葉を舞い落とすのが日増しに多くなって、この時分は季節の歌を思い出しては、我が身と重ねて、私は憂鬱な気持ちに浸るのである。
桜はまだ良い。花が散っても若々しい緑の葉が命の息吹を感じさせてくれるから。だがこの時分だけはどうにもならない。憂鬱だ。
「…い、おーい阿求、聞こえているか?」
「えっ? あっはいっ」
こんな憂鬱な日に限って、なぜだか魔理沙はやってくる。そして私を我にかえすと共に、憂鬱な気分をどこかに吹き飛ばしてくれる。
「カァ~っやっぱり阿求ん家は広いくせにあったかくて良いなっ。どこかの貧乏巫女にも見習わせたいぜ」
「ほら、私は身体が弱いですし…家人が何かと気を使ってくれるのです。それに、余り悪く言っては博麗の巫女に失礼ですよ? …あっお餅焼けたようですね」
「おっ本当だ、もーらい。それはそうとな、阿求はわかってない。霊夢がどんなに無精か。そもそもな…」
来訪してくる魔理沙と火鉢を挟んでする会話は、こんな何気無い話ばかりである。
魔理沙は私が『幻想郷縁起』の編纂作業中は大抵、件の悪魔の館――「紅魔館」という名を魔理沙から聞いた――から借りてきた――らしい。これも本人の談――を読むばかりで、大人しい。
私の書斎にも大量に本や巻物があるが、手に取る事はあっても借りて行くという事はしない。なんでも本人が云うには、
「借りて行って返さないままでいては、思い出して寝覚めに悪い。泣かれても困るし、美味い菓子にありつけなくなる」
――だそうである。
全く図々しい話だが、本人なりの気遣いなのだろう。
そして家人がお菓子をもって来てくれて、私が「休憩しましょうか」と言うと、待ってましたとばかりに目を輝かして「そうしよう、そうしよう」とバタンと乱雑に本をたたみ、恭しく当主様ではなくお菓子様を迎い入れるのである。
その光景は呆れると同時に微笑ましくも思える。

                        Ⅴ

今日も魔理沙と何気無い話をしていた筈であった。
「なぁ阿求。何で私が飛んでいるのを眺めていたんだ?」
不意に、魔理沙がそんなことを聞いてきた。
そういえば理由を聞かれた事がなかった。出逢いが余りに可笑しかったので忘れていたのかもしれない。それに、私からも聞きたい事があったのだ。
「そうですね…」暫く考えた後、まず当初からの疑問をぶつけてみる事にした。
「魔理沙は…その、魔法使いになって、飛べるようになるのにどのくらいかかりましたか?」
臆病な私は本題である「自分でも飛べるようになれるか」とは最初に言い辛く、差し支えのない事から聞く事にした。
「うーん、そうだな…一年位かな? 師匠も居たし、そのときは無我夢中だったし、何をしていたかって具体的に聞かれても答えられないが、気が付いたら飛べるようになっていたんだ。魔法の森の魔力のお陰なのかもな」
「そう…なんですか…」
自分でも明らかに発する声が細くなるのがわかる。次に本題を聞いた所で、返ってくる答えは大体予想はつくからである。それでも私は聞かずにはいられなかった。
「じゃあ…私も魔法の森で修行すれば、飛べるようになれますか?」
「それは…うーむ…」
私の様子がおかしいのを察した魔理沙は、どう答えるべきか真剣に言葉を選び始めた。
私の質問に本気で答えてくれようとする魔理沙の態度に、私はどんな答えであっても納得しようという覚悟と共に、目頭に何やら熱いものが今にも込み上げて来そうなのを感じた。
静寂。
先程迄の緩んだ雰囲気は微塵もなく、今にも張り裂けそうな空気が、どれ程の時間続いたのか、魔理沙の額にはうっすらと汗が滲むのが見えた。
そして魔理沙がついに口を開いた。
「…阿求の期待に添えない言い方をするなら、答えはノーだ。理由は…飛ぶ事を教えてくれた師匠はもう見えないし、私自身、阿求にどう教えて良いのかわからないからだ。
それに私は今でこそ魔法の森で暮らしているが、あそこは危険な場所だ。人間に悪意を持った妖怪や魔獣もいる。私も師匠に師事している間は、師匠から片時も離れた事はなかった。
もうひとつ、阿求も知っているだろうが、森の深い障気はお前の身体には特に障る…正直、師匠のように…その…阿求をずっと守ってやれる自信はない…」
予想していた通りの答えだった。覚悟も決めていたので、自分でも驚くほど冷静に、魔理沙の言葉を受け入れる事ができた。
「そう…ごめんなさい。答え難い事を聞いてしまって…」
「すまん…」
魔理沙はうつ向いたまま黙りこんでしまった。
「魔理沙が悪い訳ではないのですから、顔をあげて下さい。でないと…私…うっ、くっ」
小康状態にあった活火山が噴火するように、まるでマグマのように熱い涙が流れ出した。止めどなく溢れてくる涙は、頬の隆起を川のように伝い落ちて着物に染みを拡げて行った。
無理だという事実は冷静に受け入れられたつもりだった。しかし、「空を飛びたい」という想いが、自分の中で想像以上に大きくなっていたらしい。
魔理沙も恐らく泣いていた。魔理沙の何度も鼻をすする音が聞こえていたから。
どれ程時間が経った頃だろうか、目の周りを真っ赤にした魔理沙が不意に立ち上がり、私に向かってくしゃくしゃな笑顔で言った。
「なぁ阿求、そのいつもの仕事ってさ、明日1日位やらなくても大丈夫だよな?」
「へっ? あっうン。あ、はい」
意味もわからず、すっとんきょうな声で答える私。
「決まりだな。じゃあ阿求、お前を空を飛ぶ魔法使いにしてやる事は出来ないが――」
魔理沙はそう言いながら、私の顔にくっつきそうなくらい自分の顔を近づけてくると、もっとくしゃくしゃな笑顔でこう言った。
「阿求に空を飛ぶ取って置きの魔法をかけてやる事は出来る。『ビビデバビデブー』って奴だ」
魔理沙は私に、暖かい服装と弁当(魔理沙の分も含む)の用意だけするようにと簡潔に言うと、
「明日の昼前に、また来る」
と、その日はそのまま帰ってしまった。

                           Ⅵ

翌日、魔理沙に言われたように準備をして待っていたが、もう昼になってしまっていた。
昼食が恋しくなって来た所でもあったのだが、
――何処に連れて行ってくれて、何処で弁当を食べるのか…まさか、空の上で?
などと空想を巡らしながら、書斎で家人が呼びに来るのを待つ。
そうすると魔理沙はいつも通りに悪びれる様子もなくやって来た。
ただ違ったのは、玄関からではなく書斎の前の庭に箒に跨がったまま降りて来た事だ。
魔理沙が降りて来た足元の白砂は、その際の風で無惨に吹き飛ばされ地肌を剥き出しにさせている。後で庭師に小言を言われる私の身になって欲しい。
「待たせたな阿求。さぁ行こうぜ」
魔理沙が箒に跨がったままの姿勢で、お決まりの笑顔のまま私に手を差し伸べる。
この笑顔の前では怒る言葉も出ない。魔理沙は卑怯だ。

嗚呼成る程、私に飛べる魔法をかけるとはこういう事だったのか。
私は魔理沙の言うがままに、二人分の弁当を箒にくくりつけ、彼女の手を取り箒に跨がった。
――細い。
これから空へ舞い上がろうと飛翔のための力を蓄えるが如く、微かに、けれども力強く振動するこの箒は 大事な身体を任せるには一抹の不安を感じざるを得なかった。
だが、その懸念は魔理沙の「行くぜ」という掛け声と共に払拭された。
飛翔。
竹箒が物理法則を無視して、反発する磁石と磁石のように宙に浮かぶと――魔理沙にしがみついていることもあるが――まるで椅子に座っているような不思議な安定感がある。
いざ飛んでみれば、魔理沙から手を離して虚空に背を預けたとしても、箒から落ちるような不安を抱く事はなかった――もっとも、魔理沙から腕を離す事はなかったし、離したくもなかったのだけど。
みるみる我が家が、人里が小さくなる。以前、香霖堂で見つけてつい買ってしまった西洋のミニチュアハウスのようだ。今なら手で掴めるのではないかとさえ錯覚してしまう。
頬や手にあたる冷たい風。魔理沙が厚着をしろと言ったのはこういう事かと納得する。
それにしても、なんという大空なのだろう!
弾幕少女達は日々この風景を眺めているのかと思うと、とても羨ましい事に感じられた。
――魔理沙はいつも、こんな景色の中にいるのか…。
目の前にいる黒白の魔女に軽い嫉妬を覚え、掴む手に少し力を込める。
しかし、そんな私の矮小な思いを簡単に吹き飛ばす程、無重力の散歩は素晴らしいものだった。
これが憧れた世界なのか…と、不覚にもだらしなく口を半開きにしたまま、眼前に、眼下に拡がる光景を少しでも記憶に遺さんと集中する。
魔理沙も私の様子を察してくれたのか、暫く無言で飛行を続けた。

                         Ⅶ

漂う雲のように、いつの間にか心を大空に溶け込ませていた私の意識を呼び戻したのは、やはり魔理沙の声であった。
どのくらい熱中していたのだろう。晩秋の頃で日没が早いとはいえ、うっすらと紅く色付いてきた空に冷や汗をかく。
「なぁ、どこか行きたい場所はあるか? 阿求が行きたいって言うなら、少し遠いが冥界にも連れて行ってやらなくもないが……あー…なんだ、縁起でもないよなっ、アハハ…ハ…」
笑って発言を誤魔化そうとする魔理沙に、私も笑って答える。
「魔理沙が好きな場所に行きたい」
「好きな所か…そうだな、ここから近いし博麗神社でいいか? あそこから眺める夕日は格別なんだ」
それにその実、と、魔理沙は腹に手を当てると大仰に、
「腹も限界でな、今にも倒れそうなんだ」
この世の終わりのような顔をして見せた。
「ごっ、ごめんなさい!」
赤面する私を、笑いながら「もうだめだ」と急降下してみせる魔理沙の腹をつねって抗議をしつつ、私達は博麗神社に向かった。

空を飛ぶ魔法



                           Ⅷ

博麗神社は小高い丘の上にあり、四桁近い何百という階段を本来なら登る必要がある。育ち盛りの若者であっても階段を登りきる頃には息が切れてしまうという。
私には絶対無理である。博麗神社に参拝客がいない理由は、妖怪が頻繁に出没するというのもあるが、中でもこの心臓破りの石階段が大きな要因になっているのではないか?
妖怪、立地、浮世離れした巫女。全ての要素において人を拒んでいるのだから、巫女が「賽銭が無い」と嘆くのは本末転倒だ。
魔理沙とじゃれ合ってる間に、石階段をショートカットして私たちは博麗神社についた。空を飛べるのは本当にずるい。
私の代になってから参拝するのは初めてだが、秋の中頃、巫女とは紅霧異変の時の概要であるとか、スペルカードルールの浸透具合やその成果を聞くために屋敷へ招いた事もあり、面識ができていた。
境内ではその巫女――博麗霊夢が、落葉を箒でかき集めて掃除をしているようだった。
「よう霊夢、遊びに来たぜ」
と魔理沙が声をかけると、眉間にシワを寄せて怪訝そうな表情で、巫女はこちらを一瞥した。
「あら、珍しい組み合わせね。でも生憎私は忙しいのよ。用がなければ帰ってちょうだい」
ぞんざいな巫女の言葉に、魔理沙も慣れたものである。
「そんな小さい事言うなよ、霊夢。私達は数少ない参拝客なんだぜ、参拝客。常連の参拝客が、お得意様の参拝客になるかも知れない参拝客を連れて来たんだから、茶くらい出せよな」
魔理沙は「参拝客」という言葉を強引に繰り返しながら、私をグイグイと前に押し出していく。
すると巫女が呆れたように肩をすくめて、
「もう、仕方が無いわね。自分の分は自分で注ぎなさいよ」
と、文句を言わせながらも社の中へと私達を案内させる事に成功した。
「いやー霊夢悪いねホント」心にも無い言葉を吐く魔理沙。
「心にも無い事を言って…。そんな事よりどうしたのよ、そのお弁当」
私が拡げた風呂敷から現れた豪華な弁当の重箱に、思わず唾を飲む巫女。
「あぁコレか? ヘへ、阿求が用意してくれたんだ。いいだろう? まぁ私の仁徳って奴だあな。ま、霊夢には無いから賽銭も集まらないわけだが」
「何ですってぇ!」
初めは二人の問答を、本当に仲が好いのだなと楽しく眺めていたが、魔理沙が余りに博麗霊夢を煽るので、怒った彼女が退魔針を袖から取り出したのを見て危機感を得た私は、彼女にこう打診した。
「れっ霊夢さん落ち着いてっ。どうでしょう、おかずだけは一杯有りますから、霊夢さんもご飯だけご用意くだされば、皆で一緒に食べられますよ? ねっ?」
「む…そういうならしょうがないわね…」
彼女も満更ではない様子なので、これで一安心と胸を撫で下ろした私であったが、
「阿求は優しいなぁ。こんな駄巫女に気を遣う必要なんてないんだぜ?」
と、調子のよい魔理沙はまだ博麗霊夢と言い合う気満々であったので、思わず、
「いい加減にしてください! 魔理沙さんの分は没収しますよ?」
声を荒げてしまった。
こんな大声を出したのは初めてじゃないかと胸の高鳴りを抑えつつ、「…すまん」と小さく畏縮する魔理沙を見ながら、
(野暮にも程がある、垢抜けているだなんて思っていた事に撤回の余地があるのではないか)
と、この時ばかりは感じたのだった。

                           Ⅸ

皆で遅い昼食を食べた後、楽な姿勢で何を話し合う事もなく緩んでいると、暫くして魔理沙が立ち上がった。
「よし、そろそろだな。阿求に見せたいものがあるんだ。霊夢、阿求に目隠ししてやってくれ。」
「えっ、えっ?」
戸惑う私を横目に、博麗霊夢は何の事か理解したようで、「仕方が無いわねぇ」と自分の髪を縛っていたリボンを解くと、それを細長く折り、「ごめんなさいね」と一言告げた後、私に目隠しをした。
「ほらこっちだぜ」
訳も分からないまま、魔理沙と博麗霊夢に手を引っ張られて歩くこと数分、
「ここでいいか」
と、ようやく二人が立ち止まった。
一体何が在るのかと二人に聞いても、「目隠しを取ればわかる」の一点張りである。
「もう取ってもよい」という許しが出たので、恐る恐るリボンの目隠しを取ると、そこは博麗神社の大鳥居の前であった。
しかし、私の眼前に広がったのは、彼方の深山に沈み行く緋色に輝く太陽と、西の空一面を染める深紅の夕焼け。眼下に目をやれば、人里の中に小さく見える家々に、次々と明かりが灯るのがわかった。
「あっ…」
自分の書斎からは絶対に見る事の叶わない絶景に、私は言葉にならない言葉を漏らす。
「良い景色だろ、阿求。私のお気に入りなんだ。霊夢が浮世離れしているといわれる所以は、毎日この眺めを一人で独占しているからなんだぜ?」
「関係ないし、独占もしてない」
何時の間にか私の頬を涙が濡らしていた。その所為か、二人の会話が遠くからの声に聞こえる。
段々遠く小さくなって行く二人の声の中で、唯一つ心に残った言葉がある。
「次に生まれ代わって、阿求が阿求でなくなっても、一緒に見たこの景色の事、忘れないでくれよな」

…そして、なにも聞こえなくなった。

                          Ⅹ

「…くな」「まだ…」

暗い…。
…何処からか誰かの声が聴こえる。
嗚呼そうだ、今日は彼方(あちら)へ向かう日だった。
どうやら私は夢を見ていたらしい。在りし日の大切な思い出…。
「おいっ、阿求逝くなっ!」「まだお前っ…やる事一杯あったんだろうがっっ!」
目の前の闇がパッと弾けると、何処かで聴こえていた声は急に鮮明になり、その声の主が霧雨魔理沙だと判るのに、さして時間はかからなかった。
そして私は、私の亡骸と、それにすがり泣き崩れる魔理沙や、人妖問わず私の死を悼む友人達を頭上から見下ろしていた。
「魔理沙…泣かないで。私はここにいるよ。それに一人で空だって飛べる…」
私は魔理沙にそう語りかけたが反応がない。他の皆にも私の姿が見えず、声も聞こえていないようである。
幽霊なんて存在は、捜せば何処でも見つけられるポピュラーな存在だと思っていたのだが、いざ自分がそうなってみると違うようで、少し驚くと共に、えもいわれぬ悲しみに襲われた。
辛かった。
自分がやり残した仕事より、友人達の心に傷をつけた事に。そして自分にその傷を癒す術の無い事に。私も友と同じように、掴めぬ我が身を掴み慟哭した。

そして再び世界は暗転した。

次に目覚めると、そこは大きな川の畔で、川霧が酷く、初めは五里霧中で虚ろであった目を凝らすと、次第に深かった川霧は晴れて行き、顔見知りの大きな鎌を抱えた女性の姿がみえた。
「三途の川、死神…やはり私は死んだのか…」
そう呟くと、背後から返事が返ってきた。
「そう、稗田阿求。貴女は死んだ」
その声に私が振り向くと、其所には幻想郷の閻魔様である四季映姫・ヤマザナドゥが立っていた。
「閻魔…様」
「早速ですが彼岸に着き次第、貴女にはやって頂きたい仕事が山積しています。貴女に出来る善行は、寝食を忘れ仕事に没頭する事です。貴女が輪廻の環に戻る頃には、楽しい記憶も悲しい記憶も、貴女が稗田阿求であった記憶は、すべて忘れてしまえますから…」
「はいっ」
私は泣き過ぎてくしゃくしゃになっているだろう顔で、精一杯の笑顔を作って答えた。
「貴女は良い子ですね」
閻魔様は微笑むと、私の頭を優しく撫で下ろした。
「四季様~、船の準備出来ましたよ~」
二人が感慨に更けるのを邪魔するように、死神の間の抜けた声が上がる。
「まったく小町は…。ともかく往きましょうか。彼岸での仕事は過酷ですよ? 覚悟なさい」
「はいっ…ああそうだ、閻魔様にお願いがあるのですが」
「何ですか? 叶えられるかは別ですが、用件は聞きましょう」
「有り難うございます。実は彼岸に着くまでの間、聞いて欲しいのです…稗田阿求の思い出を」
其所には、外見年齢相応の少女の姿があった。


 -完-    
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