傲慢な感情

2010年12月25日 17:45

アニメ版の「屍鬼」が佳境に入っている。

屍鬼狩りが始まって俄然面白くなってきたけど、
一方で、人間の恐ろしさやいい加減さがよく出てる作品だなぁと感心する。

恐ろしさというのは、自分と同じ姿形をしたものを、
「人間ではない」というだけで、平気で殺してしまえる精神性。
もちろん、事前に「人間に害を為すもの」という前程があればこそのことだとしても、
人間の形をして、意思の疎通ができるものを殺すということは、
並の神経でできるものではない。
当然、作中でも「できない」と逃げ出す者もいる。
しかし大半は屍鬼狩りを積極的に行っているように思える。

その延長として、屍鬼に協力する者も「害あるもの」として排除するようになっていく。
危険であることは確かかもしれないが、屍鬼でないものを殺してしまっては、
それはもうただの「殺人」である。
その線引きが曖昧になっていく過程が恐ろしい。

いい加減さというのは、作中人物のことではなく、視聴者である自分のことで、
序盤に屍鬼が暗躍し、人々を殺していく様を見て、
「こいつらは敵なんだな」と認識していたというのに、
いざ屍鬼狩りが始まると、その一方的虐殺加減に「可哀想」などと思ってしまうのだ。

この曖昧さや、心が安定しないことこそが人間の特徴なのかもしれないが、
屍鬼同様に救いのない生き物だと感じるのもまた事実だ。

「可哀想」という感情は優しさではなく傲慢であることを、我々は知るべきだろう。
そして狩られゆく屍鬼を見てそう思ってしまった私もまた、傲慢な生き物なのである。

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